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2024.03.20 (Wed)

ホップ・ステップ

3月

昨日は、教えているクラスの最後の授業日でした。
学期終わりは淋しいもんですが、3月の学年終わりは格別です。
今期は卒業クラスだったので、尚更。

学生達から、お花やお菓子をもらいました。
みんなでお金を集めて、買いに行って、選んで、その一つ一つの行為がうれしい。

ホップ・ステップ・ジャンプ!

彼ら彼女たちにとって、日本に留学に来たことがホップ。
日本語学校は、いくつかある最初のステップなんだろうと思う。
日本語学校を卒業して、大学へ行く人、大学院に進む人、専門学校で勉強する人、働く人……
次のステップを歩み始める、ジャンプを目指して!

彼ら彼女たちの人生に、少しでも関われたことをうれしく思う。

あったかくて、やさしい笑顔に、いつも元気付けられていた。

あ〜あ、やっぱり3月は苦手だ。


チューリップ  花 お菓子


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2023.12.04 (Mon)

気がつけば…


気がつけば、12月になってました。

慌てて、サンタさんを出しました。
な、なんと、この一年、ブログを更新していなかった。


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2023年、想いが詰まった一年でした。

所属しているサークルで、本を2冊出しました。
サークルのメンバーに、
書籍に関わる仕事に就いていた方いらっしゃって、
その方のご尽力で、少ない予算でりっぱな本が出来上がりました。
感謝、感謝です。

1冊は、大学の卒業論文。
有志だけなのですが、厚さが3cmもある本になりました。
私は、エッセイを書きました。
もう1冊は、掌編小説です。

自分の作品が、本になるのは嬉しいけれど、
なんだか不思議な感じです。

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それから……
最愛の父が亡くなりました。
いつも、私の味方で、どんな時も全面肯定してくれた父。
私が全世界を敵にまわすような酷いことをしたとしても、
きっと、父は、いろんな理由を探して見つけて、
父だけは、私のことを擁護してくれただろうと思う。
父のような大きな愛は、もうどこを探しても見つからない。

お父さん、大切に育ててくれて、ありがとう。
お父さんの娘でよかった。
大好きやで。


2024年は、どんな年になるだろう。

「それは、その時に考えたらいい」

父は、よく、そう言っていた。
そうだね。
そうやって、残りの人生を歩いていこう。


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2022.12.24 (Sat)

挨拶


数年前から
「あと残り○か月だね」とかは言わないことにした。

一年の残りを月日で測らないことにしている。

「もう、○月〜」は言ってしまうけど、まあ、それはOK。
残量は見ない。

もちろん、社会の外で生活をしている訳ではないから
翌日や翌週、数ヶ月先のことも視野には入るけれど。
目線のベクトルは、その月、その日。

そんな風に過ごすことが身についてしまったのか
物忘れが多くなったことも重なって
今年は、クリスマスのグッズを出すのをすっかり忘れていた。

何年も前からツリーは出していないけれど
クリムトの絵をクリスマスのタペストリーに掛け替えることと
細々としたクリスマスの小物を飾ること。
それから、サンタの人形を玄関の上り口に並べることは
ささやかだけど、毎年のクリスマスの模様替えだった。

何もしていないことに気がついたのは、イブの3日前の午後。
面倒なので、今年から飾るのを止めようかと迷ったんだけど
クローゼットの奥のサンタの人形たちには、
挨拶しなくちゃって思った。

一年に一度の出番なのにね。
申し訳ないから、クリスマスが終わっても
しばらくは、玄関に並べたままにしておこう。

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2022.09.25 (Sun)

大丈夫。


エッセイ教室ー課題「子故の闇」



久しぶりに五月人形を出した。
いつからだろう。毎年飾らなくなったのは。

息子たちが陣羽織を着て刀を振り回していた頃、
先輩ママに、小さい頃は体がくたくたで、
大きくなって楽になったと思ったら、
今度は心がくたくたになると言われたことがある。
息子たちの世話に追われて自分の時間が皆無だった私は、
その先輩ママが謳歌している自由な時間が羨ましくて、
それでも、早く大きくなってほしいなと思っていた。

少しずつ、心がくたくたになることが増えていって、
そのピークは息子たちの大学受験だろうか。
もう手伝ってやれることはなくなって、
ただただ見守ることしかできなくなっていた。
体より心がくたくたになる方が辛い。

特に、浪人した長男の受験は大変だった。
その中で、少し笑えるエピソードがある。
浪人が決まって自分で予備校を選んで申し込みに行った日、
長男は、申し込み用紙の保護者蘭でペンが止まった。
父親の名前の漢字の一文字に迷ったのである。
確信が持てなかった彼は、代わりに母親の名前を書いた。
彼にしたら、
親の名前を書くのは、それが人生初だったのかもしれない。
それ以降、予備校からの諸々の案内の封筒は私宛になった。
保護者会や面談の際に、担当の先生方が特別やさしく
親身に対応してくださったように思えたのは、
思い過ごしだろうか。

合格発表日、PCの画面で長男の受験番号を探す。
第一志望校ではなく、
昨年は受かっても行く気はないからと受けなかった大学。
滑り止めの大学だ。
ドキドキしながらも少し余裕で二人で画面を見つめる。

うん? ない? えっ? えーー。
「えーー、どうするん」心の声を出してしまう。
「大丈夫やって。本命の○○大学は、自己採点したら合格圏やったから」

子供に大丈だと言わせてしまった。
一番ショックで不安なのは彼だろうに、母親失格である。
長男の言うとおり第一志望校に合格できたのだが、
彼は自分の受験番号は見つけた時、目を潤ませていた。
ここ数日は不安で一杯だったのだろう。
自分の失言が情けな過ぎる。
長男に謝ると、彼は笑っていた。
もしかしたら、母の失言はこれだけではなかったのかもしれない。

子供は親を選べないと言うけれど、もし神様がいるとしたら、
親子のマッチングをしていると思う。
長男も次男もすくすくと育ってくれた。
二人とも大きな苦労をかけることなくやさしい子のままだ。
それはきっと、神様が私にでも育てられるように、
やさしい子どもを授けてくださったのだと思う。

子育てが終わった自由な時間を謳歌しながら、遠い日々を思う。
あの頃の私は、子どもに「大丈夫」なんて言われるな日が来るなんて、
夢にも思っていなかった。


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